MagiaSteam
わたしをよぶやさしい聲



●遠い昔。
 ■■、■■。
 それは優しい呼び声。
 かあさまからの呼び声。
 「わたし」はしあわせだった。
 化生でありながらもとうさまはかあさまを愛し結ばれた。
 そして「わたし」が生まれた。
 マザリモノの人生は不幸だという。
 だけれどもそんなことはなかった。
 しあわせだったのだ。
 
 でも、そのしあわせはかあさまの犠牲のもとのしあわせだったのだ。
 かあさまは化生としての血を求める衝動を我慢していたことを後でわたしは知る。

 ある日、かあさまはお付きのものを殺してしまった。
 それがはじまりだった。
 ただ振り返って肩を叩こうとしただけ、ほんのすこしゆびさきが彼女の首にふれただけで、彼女の首は離れ離れになってしまった。
 大量の返り血を浴び真っ赤になったかあさまはすこしだけ呆然として、そして――愉快そうに笑った。
 とても、とてもきれいな笑顔だった。
 なにか、長年の楔から放たれたような、そんな笑みだった。
 そこからは――。
 まっかだ。
 まっかな、血に塗れた記憶しかない。
 たくさんのヒトが死んだ。
 本当にたくさんのヒトが死んだ。
 責任をとって、とうさまは自決することになった。
 わたしは国をおいやられた。
 ひとりで歩いていたら、哀れにおもったのか、旅商人たちがわたしを手伝いをすることを約束に連れて行ってくれることになった。
 しばらくして、彼らもまた暴虐の嵐のような女怪に虐殺されてわたしだけがのこった。
 もちろんそれをなしたのはかあさまだ。
 また一人になった。
 遠くへいこうとおもった。
 こどものあしでの旅路だ。行き倒れたわたしは優しいおじいさんに助けられ村につれていかれる。
 老人だらけのその村はどうにも田舎で若い子はすぐに都会にでてしまうということでずいぶんと可愛がられた。
 しばらくしてやっぱりまたその村でも虐殺はおこった。
 あの女怪にはもう言葉は通じない。
 禍憑き、於磯。
 そう呼ばれ忌み嫌われ各所で手配されていると後で聞いた。
 わたしが移動する場所場所に彼女はあらわれる。
 そのたびになんども、なんども、虐殺がおこるのだ。
 だからわたしは通商連と呼ばれる行商の船に乗り込んでこの国を去ることにした。
 遠い海の向こうであれば、きっともう、追ってくることはできないと、そう信じて。


 精霊門を預かるイ・ラプセル国防騎士のもとにアマノホカリの天津朝廷により親書が託された。
 その内容はとある凶悪な禍憑きが、精霊門を抜けイ・ラプセルに入ったという知らせだった。
 禍憑き・於磯と呼ばれる女怪は天津朝廷のみならず、神州ヤオヨロズ、宇羅幕府からも抹殺を手配される凶悪な怪物である。
 見つけ次第抹殺してほしいとの依頼も兼ねたその親書の一報を聞いたプラロークたちは俄に己の持ち場に付き、水鏡階差演算装置を操る。
 水鏡階差演算装置では特定の未来を選出して見ることはできないとまではいかないが相当難しい。
 この場合どこかに凶悪な怪物が現れるという未来を人海戦術でローラー方式で探すことになる。

 その話を幸か、それとも不幸だったのか。『竜天の属』エイラ・フラナガン(CL3000406)は耳にしてしまったのだ。
 だから、少女は走る。
 どこにいるのかわからないのであれば、どこに現れるかを確定してしまえばいい。
 それに危険が伴うことは知っている。
 だから、だから。
 これ以上かあさまの虐殺を止めたいから。

 少女は遠く先にアマノホカリのある浜辺に向かう。
 できる限り他の人がいない場所を選んで。
 ここで待っていたら、きっと、アレは来るから。

「■■――」
 優しい呼び聲。
 ああ、久しぶりにきいたその声は甘く優しくて。
「■■――」
 忘れたはずのその名前を呼んでくれる、最後の、ひと。
「■■――」
 でもその語列には今や意味はない。目の前の母親だった怪物は今やその語列の意味などわかってなどいないのだから。
「コノさキ、いかセなイ」
「■■――」
「ソノ名、捨てタ。
 エイラは、エイラだ」
 少女は目の前の女を憎んではいない。ギリギリまで衝動を耐えていたのだと知っているから。なにもかも失ってもただひとつ、自分の名前だけは覚えていてくれたから。
 その語列に意味を見出してはいなくても、それでも、母から呼ばれる名前がどれだけ愛おしいものかを知っている。
 少女は不幸を終わらせなければと思う。
 ソノためにつよくなったのだから――。
 もしかあさまを殺したとしても。もし、自分が死んでしまったとしても。
 終わらせる。
 その覚悟はできている。
 


 「みんな!! 急いで!!
 エイラさんが! 殺されちゃう!」
 演算室に待機していた自由騎士たちに、たくさんの資料を両手に携えた『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)がまくしたてる。
「今日、天津朝廷のほうから凶悪な禍憑きがイ・ラプセルに侵入したって聞いたから急いで演算してどこに現れるかみつけたの。
 それで! エイラさんがその――死んじゃう未来がみえたの。
 今なら間に合うはずだから! みんな、この資料を確認しておいて! 早く!」
 自由騎士たちに資料を押し付けたクラウディアはひとつだけ、ひとつだけ見た結果をあえて口にしなかった。資料にも記していない。
 その禍憑きが殺されるエイラ本人の母親だということを。
 エイラが母親に殺されたその後、母親の力は雲散霧消し無力化した母親は物言わぬエイラを抱きしめ涙を流していた。
 クラウディアはそれを言えなかった。
 もし、言ってしまったら――。
 彼らの手も鈍るだろうから。
 最悪の場合、見た未来が現実になるかもしれない。
 それは嫌だった。
 だがその行為はエイラの母親が殺されるのを見殺しにするようなものだ。だけれども。
 クラウディアにとっては、知らない誰かが死ぬより、知っている自由騎士が死ぬほうが嫌でいやでしかたなかったのだ。




†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
EXリクエストシナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
■成功条件
1.禍憑き・於磯の死亡及びアマツホカリへの引き渡し
 たぢまです。
 お久しぶりのリクシナです。
 娘の目の前で母親を殺しましょう依頼です。(原文ママ)

 基本的には純戦ですがシンプルなロケーションですので心情もりもりでも構いません。

 ■状況
 とある人気のない浜辺。時間は夜。 とても月明かりがきれいで開けた場所ですので、明かりはとくに必要ありません。
 岩場もあり波打ち際でもありますので、足場はそれほど良くはありません。
 エイラさんはすでに禍憑き・於磯と交戦し、体力は半分ほど、魔導力も半分ほどになっています。
 このまま放置すれば確実にエイラさんは倒れることになるでしょう。
(即死判定はありませんので実際の判定としてはフラグメントが1になります)
 エイラさんが倒れた場合、ターゲットは弱体化し、かんたんに倒せます。

 ■禍憑き・於磯

 妙齢の美女の姿で人を誘い、嬲り殺して喰らう有害な幻想種。
 その正体は栄螺の化生。貝から出た身が鬼の形となり頭に渦を巻いた蓋が乗る。
 自在に伸び縮みする身と鬼の如き怪力で全てを捻り潰す化け物。

 エイラさんのお母さんですが、それをクラウディアはあなた方には伝えていません。
 もちろんエイラさんの反応から察してもいいですし、エイラさんご本人が彼らにつたえるとしてもOKです。
 いい塩梅に苦しんでください。
 
 アマノホカリで虐殺の限りをつくし、多方面から手配状のでているマガツキです。
 奸計にも長けるので、精霊門を騙して通るくらいはお手の物です。見た目は普通の女性にみえるので人混みに紛れ演技することも可能です。
 説得などは一切通じません。
 正気のまま壊れています。かつて自分がヒトと結婚したことすら覚えていません。ただ一つ誰かの名前であろう文字列を口にしますが、その文字列の意味は理解していません。

 マガツキとは;
  アマノホカリにおけるイブリースの総称です。
  生物のイブリースは禍憑きと書いてマガツキと読みます。
  道具のイブリースは禍津器と書いてマガツキとなります。
  於磯は幻創種のイブリースという扱いではありますが、実はイブリース化はしていません。
  イブリース化したとおもわれているのでマガツキと呼ばれています。

 彼女の遺体についてはアマノホカリから引き渡しをすることを望まれています。もしそれが破られると国交的に問題が発生しますので、必ず引き渡しをしてください。
 万が一、彼女を殺さずに生かして捕縛した場合何らかの意図を勘ぐられて天津朝廷はともかくとして、幕府とヤオヨロズ、そして幕府経由でヴィスマルクからの強い反発がおこることになります。
 
 攻撃方法
 凶悪な膂力でもっての叩きつけ(吹き飛ばしあり)
 角による高火力貫通攻撃。
 叫び声による範囲ダメージ。
 海に浸かることによる回復
 EX マガ突き
   体の一部を一時的に硬質化し伸ばすことで、隙をついて攻撃を仕掛けます。
 (物理貫通 防御無視 高火力 BSウィーク3 スクラッチ3)

 奇跡を使えば正気を戻すことができるでしょう。
 しかし、彼女の今までの道程はしっかりと彼女に記憶されています。もともとは心根の優しい幻想種でしたので、もとにもどれば即座に後悔と罪悪感で自死することになるでしょう。
 彼女が起こした全ては狂化したからとはいえ、彼女にとっては自分が齎した不幸でしかありません。

以上よろしくおねがいします。
状態
完了
報酬マテリア
7個  3個  3個  3個
2モル 
参加費
150LP [予約時+50LP]
相談日数
10日
参加人数
4/4
公開日
2020年10月11日

†メイン参加者 4人†

『我戦う、故に我あり』
リンネ・スズカ(CL3000361)



 石を投げられた。
 その痛みはきっと母様の痛み。
 何度、何度も土地を追われた。
 でも、一度。たった一度だけ母様を撃退できたことがあった。
 ココで暮らせるのかもしれないと一瞬だけ思った。だけど――。
 撃退した。ソレだけなのに。
 その代償は大きかった。母様を追い払うだけで、村の衆の半数以上が失われた。
「儂がアレを仕留めきって居れば話は違っただろう。
 村の皆はお前を愛している。しかし、人が死にすぎたのだ」
 村で面倒を見てくれた老爺はソレ以上は言わない。言いたいことはわかっている。
 自分がいる場所に母様はやってくる。もとより自分は流浪の身分。母様に見つかった時点でココにはいれないのだ。だから当然のこと。
 石を投げられないだけマシだ。
 だけど。
 夫を失った妻と子が自分を見つめる視線は――。
 石なんかよりずっとずっと痛かった。
 ただ、別れ際老爺が優しくなでてくれた手の大きさだけは忘れないと誓った。

 自分は一つの場所に居ることはできない。
 それはわかっていた。
 だけど、だけど。思ってしまったのだ。海渡り、新天地であるイ・ラプセルで、友人――ナバルやリンネ、そして優しい皆がいるこの国でずっと生きていきたいと。
 
 なラ
 なら、母様を仕留めることができれば――。
 また、あのおじいさんに会いにいける?
 優しかったのに母様に何もかも壊されて鬼になったあの人たちに、ちゃんと謝ることができる?
 ――……。
 もしかしたら、もしかしたら?
 

 赦してもらうことができるのだろうか?
 

 母様の手刀が自分の角を砕いた。
 体中傷だらけだ。
 
 こんな強い母様をもし、殺すことができるのならば――私は――赦されていいのだろうか。
 そう思ってしまった。
 母様は確かに私を愛してくれた記憶があるというのに。それが嬉しかったのも確かだったのに。
 最低だ。
 本当に――最低だ。


 ●
「リンネ!! マグノリア、急げ!!」
 少年、『命の価値は等しく。されど』ナバル・ジーロン(CL3000441)は全速力で走る。予知された地点まで後少し。
 友人が「化け物」に殺されようとしてる。なんでそんな化け物に襲われているのかわからない。
 でも一つわかることがある。自分がそこにたどり着けば、友人が死ぬことが回避されるのだ。
「ああもう、ナバル様。落ち着きなさい。間に合います。間に合わせるにきまっているじゃないですか」
 かわいい弟子の窮地とあらば馳せ参じる。『我戦う、故に我あり』リンネ・スズカ(CL3000361)は白く美しい走狗(犬と言われたら本人は怒るだろうが)のように無駄なく足をすすめる。
 時間の猶予はないとはいえ十分に間に合うはずだ。
(僕らは唯生きているだけで奪い奪われる。戦争は最もわかりやすい形だけど――)
 運動が得意ではないと自覚している『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は無言で走る。
 その分頭の中では色々と考えてしまう。

 ●
 「ごめんなさい! ごめんなさい母様。
  貴女が優しくあってと願った於海は、もう何処にも居ません。
  こんな最低の私に、貴女達の娘を名乗る資格何てありません」
 だから。
 『竜天の属』エイラ・フラナガン(CL3000406)は新しい名を名乗る。
 自分に言い聞かせるかのように。

「ソノ名、捨てタ。エイラは、エイラだ」

「エイラ、今なんてった?」
 ――どうしてここに?
 エイラは後方から聞こえたよく知る声を振り返らない。
 現場に息を切らしながら到着したナバルは混乱していた。クラウディアは於磯という化け物が、エイラを殺そうとしていると。
 なのに、エイラは目の前の女妖を母様と呼んだのだ。
「ナバル様、今はそれどころじゃありませんっ!」
 リンネはナバルを追い越し、エイラの前に立つと回復を施す。
 まあ、そういうことですね。
 マガツキの姿と弟子の共通点をあげれば枚挙に暇ない。加えて、聞こえてきた言葉を検分すればこのふたりが親子であることなど察しがつく。
「僕たちは、彼女の殺害に来たよ……。
 彼女は、アマノホカリより手配のかかった凶悪なマガツキだ」
「わかってル、助ケ、助かル」
 マグノリアは淡々と告げ、回復を重ねた。エイラは、リンネの後ろで強く頷く。
「おい、なんでふたりとも。親子が戦ってるっておかしいじゃねえか!」
「ナバル様、お役目を」
 リンネが混乱するナバルに強く言えば、弾かれたようにナバルは再前衛に踏み込み、エイラの守りにつく。
 今オレがやろうとしていることはなんダ?
 スピアを「敵」に構える。
 ガキンと、女怪の重い一撃がナバルの盾を軋ませた。邪魔するものはすべて殺す。邪魔をシなくても殺す。とにかく殺したいから殺す。そんな一撃だ。

 大切な仲間の、友達の母親をオレたちが、殺す、のか?
 ナバルはエイラを見やる。エイラはこちらを見ることもなく、構える。
 こわばる表情に覚悟が見えた。なあ、お前はそれでいいのか? ナバルが瞳で問いかけるが答えは帰ってこない。

「エイラ様。一度しか聞きません。確認しますが……良いのですね?」
 エイラはリンネの言葉にこくりと頷いた。
 ふう、とリンネはため息をつく。
「そうですか、なら、私も集中しましょう」
 リンネもまた、髪から簪を抜く。
「ちなみに辛いのであれば、私にお任せください。強い敵と相対するのは望外の喜びでもありますし」
 いつもより心配そうなその声色にエイラは曖昧に頷く。
「なるほど、今回の討伐対象はエイラの心を、奪い縛っているんだね……」
 あれはあれで、エイラに縛られているようだけれど。とマグノリアは所見を付け足す。
 自分には家族といえるような、束縛する存在はいない。だけど、自分の心を縛る存在は確実に存在している。
「おい! マグノリア、討伐対象ってなんだ! あれはエイラの――」
「それがなに? アレはエイラを狙っているんだよ。ナバルはどうするつもり? ……僕は自由騎士として有能な者が殺されるのは許せないし、アレを殺して引き渡すつもりだよ……」
 まるで胸ぐらを掴みそうな勢いでナバルが怒鳴るがマグノリアはどこ吹く風で飄々と答える。
 それが彼らに託されたオーダーだ。クラウディアが関係性を伝えなかったのは落ち度――というよりは気遣いだったのだろう。知らなければしらなくていい情報だ。
 エイラもマグノリアの言葉に改めて肝がすわったのか、まっすぐに殺意を持って女妖に挑んでいる。
 なんだこれは? ナバルには仲間の割り切りが理解できない。
 それでも、ナバルは自分のできることを全うするため、エイラを守りながら歯を食いしばり盾を振るう。
 ふざけんなよ。
 ナバルの手が広くないことはもう理解した。そのとおりだ。だったら。手が届く範囲。友人やなかまその家族は守るんだと思っていた。
 ソレすらもこの世界は護らせてくれないのか?
 そんなのあんまりじゃねえか!! 
 「――勘弁してくれよ」
 血を吐くような絞り出された声に、ピクリとエイラが震えたが、エイラの手は止まらない。リンネの手も。マグノリアの手も。
「ナバル、『母様』は。残忍で淫蕩な栄螺鬼ダ。これが本性だ。優しかった母様はまやかシ」
 エイラはゆっくりと言い聞かせるように告げる。アレは殺すべき敵であると。
「畜生!! 来いよ! 禍憑き! お前が狙うのはこのオレだ!! オレを倒さないとなんにもできねえぜ!!!」
 ナバルは世界の不条理に向けて叫ぶ。
「怯えてのかよ!! 禍憑き!!!!」
 だから。だから――。
 決して女妖を名前では呼べない。化け物とも言えない。彼女はきっと、 禍(イブリース)に憑かれてこうなっているのだから。
 なら、一度倒さないといけない。そうだ、オレたちはアクアディーネ様のオラクルなのだ。だったらたおせば浄化できる。浄化さえすれば、全部全部ぜんぶ。
 うまくいくのだ。
「おうみ、おうみ、おうみ」
 娘を呼ぶ声は優しい。
 まってなよ。ちゃんと、エイラもあんたも幸せに暮らせるようになるはずだから。
 女妖の角がナバルの盾を削っていく。
「ねえ、アイシテル。おうみ。私と一緒に――」
 どんな状況でもキレイであろうとする、そう望むのはきっと素敵なことだ。
 ナバルの様子をみてマグノリアは眩しいものをみた気分になる。みな気づいているだろうか? 彼はあの怪物のことをマガツキと呼ぶ。女怪於磯でもなく、エイラの母親でもなく「マガツキ」だ。
 いつまでも目をそらして入れるわけではないのにと思うが、ソレ以上マグノリアは言及しない。
 リンネにアイコンタクトをとりデ・レ・メタリカで弱体化を付与したマグノリアは次の術式を編み上げる。
「叫び声来ます!」
 リンネが息を吸った女妖を確認し叫べばナバルがダブルカバーリングを活用し、前衛をかばいダメージを引き受ける。
 高音の叫びは物理的な力をもってナバルを苛むが、即時にリンネが回復をする。
「……っ!!」
 絶叫が止まった瞬間、エイラは雷光と化し、女妖を貫くとその場をすぐに移動した。
(力、母様にハ適ワない。掴マたらオワリ。ダカら速さ鍛えタ)
 自らの修練はすべてこの日のため。
 あの日からずっと、ずっと、ずっと。
 この日のために、生きてきた。
 リンネに教えてもらった体捌きもなにも。この日のため。
 エイラの持つ手札もなにもかもがただただ全て母親を殺すためだけの手段なのだ。
「くそっ! 禍憑きめ!! さっさと出ていけよ!」
 ナバルは必死にスピアを突き出す。なぜ必死なのか。そんなのは簡単なことだ。

 自分がこれ以上傷つきたくないから。

 そんな浅ましい思いを振り切るように、何度も何度も少年は禍憑きとエイラの母親を呼ぶ。それはただの欺瞞。うすいヴェールが被っているだけの。
 目をこらせば瞬時に隠されているものなど見当がつく。だから少年は目をそらす。
「浄化なんカ、きかなイ。本性は本性なんダ」 
 エイラがつらそうに呟いた。
 それなら、いくらでも方法はあると、少年は覚悟を決める。

 戦闘はじわじわと終末に向かう。リンネとナバルが海中への動線は切っている。ダメージをうければこちらは回復があるが、あちらにはない。
 マグノリアは冷たい棺で足止めをかけ、味方の魔力が削れればそれすらも回復する。
 連携した自由騎士の前に硬い栄螺の装甲も削れていく。
 彼らは倒れても英雄のかけらに願い立ち上がる。
 
 転機がやがて訪れる。
 マグノリアの氷の棺を内側から破壊した女妖は指先を硬化していく。
 ナバルの鉄壁の守りに業を煮やしたのだろう。
 それこそがナバルの狙いだ。肉を切らして骨を断つ。ずっとずっと狙っていたその一瞬。
「今だ!!」
 踏み込んだエイラが栄螺鬼の血を呼び覚ます。凶悪で、残忍で、残酷で淫猥な。そう、これが自らの血のルーツ。
 これこそが、母親と同じバケモノの本性。
 鬼としての正しい姿。
 誰からも忌まれて疎まれる力。
 こんな恐ろしいもの嫌われて当然なのだ。
 エイラは目を見開き、自らの本性を自らの母親(ルーツ)にたたきつけ――。
「お前に止めをさせるわけねえだろうがあ!!!」
 守りから攻勢に。ナバルは自ら女妖の指先に突っ込んでいき、腹部を貫く手刀をがっちりと掴むとニヤリと笑う。
 武農一致・収穫祭(ハーヴェスト・シン)。ソレは彼が農民として、騎士として、そして一人のヒトとしてたどり着いた、答えの一撃。

「あ、あ、ああ、あ……」

 グラリと女妖は傾ぎ、そして、ナバルと共に倒れる。
「ああ! もう!」
 リンネは頭を掻きながら無茶をする少年をエイルの右手で癒やす。今日はいつもより忙しくてしかたない。
「まだだ」
「こら、ナバル様! 動いてはいけません。マグノリア様。回復を手伝って!」
「わかったよ」
 これは「奪い合い」の結果。
 まだ彼はなにも諦めていない。けれどそれは許されることのないこと。だけど、その結末をマグノリアは知りたかった。
 だから、マグノリアはナバルになにもいわないで、回復を施す。
 その「ユメ」に手をのばせばいいのだ。

 ナバルは虫の息の女にはいつくばりながら近づいていく。
 まってろ、エイラ。もう大丈夫だ!
「もうこれ以上、あんたが罪を重ねることはない。ここで全部終わるんだ」
 ナバルは無理やり微笑む。回復があったとはいえ内蔵をひっくりかえされたのだ。痛みがひくわけではない。
 呆然と、エイラはただその姿を見ていた。
 こう、とナバルの体が輝く。
 それは宿業すら断ち切る力。
「このっ?! ダメですよ! ナバル様そんな体で!!」
 リンネが、無理やりおきあがろうとするナバルを地面に押さえつけて静止する。

「エイラは、あんたの娘は大丈夫だ。もう立派に、一人の人間として生きていけてるぞ」

 少年は一縷の望みを誰かに願う。せめて最後に、正気を――。
「おう、み、おうみ……アイシテル」
 女怪は娘に手を伸ばす。エイラは目を見開きその指先を見つめた。

「やめロ! 母様は、狂ってなんカいなイ。これハ、鬼の本性ダ。母様はイブリースにとらわれテなんかいなイ。これガ、鬼の本性なんダ」
 もし、母様が昔を思い出したら――。優しかった母様は――お願い、やめて! もう、終わらせて!!! エイラは少年の悲しき犠牲を望まない。

(このまま死なせたほうがいいのか? 資料のとおりなら、あのひとが殺してきたのヒトビトは1000人をゆうに超える。もし正気にもどったとして
 それを受け止めるなんてできるのか? エイラだって母親を苦しめたくないだろう。だからってここで死なせることが親孝行なのか?)

 正直ナバル本人にとっても、それが正しいことなのかわからない。自己満足にすぎないことかもしれない。自問自答の答えはそれでも――。

(じゃあ、残されたエイラに救われる道は?)

 解らない。解らない。何が正しいのかなんて。

「こいつには信頼できる仲間が、一緒に笑える友達がいる。大丈夫、こいつは絶対幸せになれる。だから」

 改竄のヒカリが一点に集中し――


「だから――」

「っ!」
 リンネが手刀でナバルを気絶させれば、ヒカリは最初からなかったかのように消えた。

「これでいいんですよね? エイラ様」 

 エイラは頷く。
 奇跡は起きなかった。
 鬼は鬼のまま。悪鬼はこころをとりもどさない。

「僕は、望むことはキレイだと思うよ。何も悪くない。誰も悪くない」

 マグノリアは長いまつげを伏せると、虫の息の、エイラの母であった女妖に静かに止めをさした。

「己の理想を引き寄せたいと望む「熱」… …「未来へと向かう力」其れは…羨ましいくらいに… …素晴らしいものだと思う。
 「何か、行動に移すだけ」で「何か、を奪う」 其れだけは「生きている限り、変わらない」 … …其れを理解した上で「選び続けていく」しかないんだ」

 なにかに言い訳をするようにマグノリアはそう呟いた。
 


 ああ、終わってしまった。
 終わりはそう、あっけなかった。ずっとずっと考え続けていたそれが終わる。
 開放された気分なんてない。ただただ虚空だった。

「もう、あの声はきこえなイ。もう二度と聞けなイ」

 リンネは無言でへたり込んだ空っぽの少女の頭を抱き寄せる。

「もう、あの名は呼ばれなイ。もう二度と、呼んでもらえなイ」

 リンネは、あの女妖が呼んでいた名前を思い出し口を開こうとするがそれは烏滸がましいことだと口をつぐむ。

「何もなイ」
「そんなわけないでしょう。エイラ様。ナバル様はあなたのために戦ったのですよ」
「どうすればいイ」
「自分で考えなさい」

 そんなこといわれてもわからない。
 だから。
 だから。




「ごめんなさイ」





 エイラは一言謝罪の言葉を絞り出した。見開いた瞳から涙は溢れない。



「すまん、エイラこれだけしか――」
 後日包帯姿のナバルが何者かの頭髪を白い紙でまとめたものをエイラにわたす。
「これハ?」
「あのひとの、遺髪だ。これだけしか無理だった」
空虚な顔のエイラにナバルは悔しそうにそう言った。

 事後、王宮に押しかけたナバルとリンネのふたりは女怪の遺体の引き渡しにひたすら、ごね散らかした。

 オレはこの国で功績をあげたのだからちょっとくらいの無理は聞いてくれ!! 焼け落ちて死体はなかったでいいじゃん!! 口裏合わせとかできるでしょう?! なんなら向こうには髪の毛とか腕の一本でも送りつければいいでしょう!!

 などと騒ぐナバルに国王は胃薬をのみ、宰相は眉根に深いシワを刻んだ。
 リンネも土下座して陳情をかけるが、国としての決定はあくまでも死体の引き渡しだ。
 死体を見聞し、各国に女妖を死を告げ、朽ちるまで首を晒すことで、遺恨を断ち切る。それがあの国のお国柄なのである。イ・ラプセル人としてはその考え方は理解し難いだろうが、そうすることでアマノホカリでは遺族への弔いになるのだ。
 
 それでもごねるふたりについてきたマグノリアが、遺骸を渡さずに国交が悪化してしまえば彼女の命が無駄になるしそれはきっとエイラの矜持を踏みにじることになると諭せば、思うことはあるだろうがソレ以上ふたりはなにも言わなかった。


 エイラに手渡された遺髪はなんとかナバルが戦闘中に女から千切ったもの。
 量だってそれほどない。
 それでも大事に隠し持っておいたソレだ。
 
 それさえあれば弔いはできるだろう。

 弔いとは死者のためではない。今を生きるヒトが未来に向かうためのものだ。
 弔いなど心次第でできるものなのだ。

「ごめん、オレ――」
 ナバルは悔しさに涙を流す。
 ああ、そうカ。
 エイラは理解する。
 こうすればよかったのだと気付く。
 泣けば、よかったのだ。

「うあ、うああああああああああああん」
「うあああああん」

 ふたりの少年少女は声を上げて泣いた。
 みっともないとかどうでもよかった。鼻水と涙で顔はもうぐちゃぐちゃだ。
 それでも彼らは高い秋の空に向かって大声で泣いた。


 様子を木の影で伺っていたリンネとマグノリアは泣きわめく少女たちを微笑ましく見守る。
「若者でああではないと」
「キミ、同じ年じゃないか」
「まあそれはそれとして」
 彼が泣き終わったら一緒に弔おうとリンネがマグノリアに告げれば、マグノリアは頷く。

 出会いと別れ。
 たくさんのことを経験して子供は大人になるのだ。
 彼らの涙が止まった頃に迎えにいこう。
 一緒に墓石をたてて、そうして美味しいものを食べるのだ。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済